街選び

「自由が丘」をブランド化した8本の道

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日の目を見ない「街の沿革」

某不動産会社の物件検索サイトで、街を綴る連載を受け持っていた。範囲は都心中心。月一で1つの街を取り上げる。自ら持ち込んで始まった企画だが、お蔭様で最終的に50回を超える長寿コラムになった(昨年終了)。

当初悩んだのが、構成である。自分で住んだり、働いた経験だけを元にしたのでは長続きしない。とはいえ、あまりに表層的な情報の集約では読まれない。なんとか「ストーリー」に仕立てるために考えたのが、個性(例えばランドマーク)、地形、景観・街並み、沿革を軸に組み立てること。なかでも、一貫性をもたらす要素が「地形」と「沿革」であった。

地形と沿革は、ほぼ「関連している」といって良い。これに、交通機関とランドマークの誕生が街の個性を形成する。地形は視察である程度わかるとして、苦労したのが沿革である。ほとんどの街において「そのときどきのトピック」はネット上にあっても、事実だけを淡々と記した情報はあるひとつの場所にしか保管されていなかった。それは、行政管轄の公的施設(しかもほとんどの場合、最寄り駅から遠い)。図書館ではない。図書館にもまずないと思っていい。

「自由が丘」の変遷

例えば、自由が丘(連載第15回)を例に挙げてみる。SUUMO発表「住みたい街ランキング」2019年版で「自由が丘」は19位。しかし(旧来も含め)ターミナル駅を除くと、恵比寿、浦和、武蔵小杉、鎌倉の次あたりにくる。まぎれもなく人気の街のひとつだろう。

では、なぜ「自由が丘」が人気なのかといえば「おしゃれなイメージ」「雑貨やファッション店が集積」「グルメ」「スイーツ」「閑静な住宅街」といったキーワードが並ぶのだろうが、教科書通りに記すなら、次の3点に絞られるだろう。「地元有志達の鉄道駅誘致」「駅周辺の路面に展開された商店街」「住宅地として発展するための区画整理」がその回答である。

いずれもネット上でその詳細を見つけるのは困難と思うが、とくに区画整理については、目黒区史料館にあった住民回想録が有益だった(表題不明)。その話を元に絵にしたのが下の画像である。

東西に走る目黒通りは尾根状で、駅に向かって下る緩やかな南傾斜地である。ローム台地から谷底低地に変わるのだが、駅周辺は昔地面がゆるく、耕作地に適さなかった。これが住宅地としての繁栄を求め(積極的に駅誘致活動に至っ)た背景である。

緑部分は、第一種低層住居専用地域で、しかも建ぺい容積率がより厳しい50%/100%に指定されている区域。注目は、緑ヶ丘小学校周辺の「8本の真南に縦断した道路」。おおよそ100m間隔で統一され、これが閑静な住宅街の礎となったのである。書籍には「区画整理でもここまでのスケールは珍しい」と記されていた。

3度の刷新、ランドマーク

個性と呼ぶにふさわしい特徴は、やはり「ランドマーク」足り得る施設の有無だろう。例えば六本木の場合、「東京ミッドタウン」の前は防衛庁、その前が米軍宿泊施設であった。江戸時代まで行くと大名屋敷として使われており、「敷地面積の大きな希少な土地は、後のイメージを決める不動産になる」ことがわかる。ただ、この点に関していえば、WEB上ですぐに手に入る情報に過ぎない。

東京の街は、3度刷新された。江戸の大火、関東大震災、空襲である。400年もの間にこれほど大規模な再生を余儀なくされた都市は他にあるのだろうか。逆に、沿革上の個性を残しながらも刷新を繰り返したことで、住みたい街として「選ばれる理由が確固たるものになった」とも考えられる。だからこそ、地形や沿革を知ることは「自分が住みやすいと思うかどうか」のヒントのひとつになりえるのではないかと思う。

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