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「神宮前」街並み形成の背景

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街にはそれぞれ個性がある。様々な個性の集まりこそ「東京らしさ」であろう。街の生い立ち、成り立ちを紐解いてみようと思う。沿革を知ることは愛着につながり、その街を一層愉しむことにもなると思うからである。以下「渋谷区神宮前」について街並み形成の背景を綴る。

神格的な街の軸「表参道」

 神宮前の街並みを形成するにあたり、原点となった施設は他ならぬ「明治神宮(代々木神園町)」である。神宮前の地名由来は「神宮の門前」。他に明治神宮にちなんだ地名としては「神南(じんなん)」(神宮の南)等がある。

「表参道」竣工1921年

 江戸時代、明治神宮や代々木公園の敷地は彦根藩井伊家の下屋敷であった。明治に入って政府の管轄となったのち、1920年「明治神宮」が創建。参道として整備された「表参道」は片側3車線に歩道とケヤキ並木を整備。地形は明治神宮・代々木公園の標高が30-35m、明治通りに向かって下り、最も低いキャットストリートあたりで同約20m程度。その後上りに転じ、表参道交差点付近で同30-35mに達し、港区南青山はその高さでほぼ一定している。

 表参道は、冬至の日の出が上る方角に施工された。同様のものとして、伊勢神宮の宇治橋鳥居があるようだ。最も日照時間が短い冬至には、日本独特の風習が少なくない。もとより総氏神は天照大神といわれる。冬至は万物が蘇るとき、という捉え方があるようで、いずれにしても街区形成に神格的要素を孕んだ点は「神宮前」の独自性そのものといえる。

原点はワシントンハイツ

 現在の代々木公園は、戦後、アメリカ占領軍に活用された。「ワシントンハイツ」と呼ばれた施設群は、住宅のほか各種利便・娯楽施設も整えられたようで、当時は別世界の空間として、日本国民の目に映ったのではないだろうか。下の写真左下がワシントンハイツである。

終戦後(1945-1950)の「神宮前」空撮

 セレクトショップの先駆け「ビームス」はアメリカンライフスタイルをコンセプトに成長したアパレル企業である。現在も原宿にはアメリカンカジュアル(通称アメカジ)の選りすぐったモノだけを展開する「原宿キャシディ」などがあり、渋谷や新宿にはないファッション文化を発信している。原点はワシントンハイツ敷地内で展開された当時のアメリカのライフスタイルが与えた影響とも受け取れる。今の芸能界を席巻する創業者が同施設の中に居たともされるが、この界隈は芸能人のスカウトの場としても知られている。

 ワシントンハイツは1964年東京オリンピック開催決定後、返還運動がおこり「オリンピック選手村」に転用された。その後、現在の代々木公園になり、都民憩いの場になったわけである。

地勢にも準じた都市計画図

「渋谷区」都市計画図の一部

 上記は渋谷区の都市計画図の一部。神宮前付近を赤枠で囲っている。下の「渋谷駅周辺」とを見比べると商業地域(赤)の範囲が大通り沿いに限定され、多くは住宅地域(緑系)であることがわかる。

 街の中心軸「表参道」に直角に交わるよう碁盤状に区画整備された「神宮前3丁目~5丁目」の街区形成とキャットストリート(渋谷川)を境に住居系の中でも制限の度合が異なっていることなどから、自然の地形をもとに都市計画を施し街並みが形成させているのがよくわかる。そして戦後の土地利用が街の個性の源泉に大きく関与した例が「神宮前」なのである。

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