東京都 街選び

立地の見極め方

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三度刷新された江戸・東京の街

東京の街を調べていると、ほぼどの地域にも共通して登場する「沿革」があることに気付く。それは「大きな災害からの復興」である。東京はこれまで3度大きくリセットされた街だと捉えている。

一度目は「江戸の大火」である。<火事と喧嘩は江戸の華>といわれたほどに、当時は火災が頻繁に起こったようだ。

大火が頻発し、都市の広大な市街地を繰り返し焼き払った史実は、世界でも類例がないとされる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E7%81%AB%E4%BA%8B

例えば、火災対策が都市計画にもたらした影響の具体のひとつに「広小路」が挙げられる。延焼を抑えるために道路幅を広げたもので、有名な場所として「大崎広小路」「上野広小路」等がある。

二度目は「関東大震災」である。「震度7や6強の地域は1995年の兵庫県南部地震の10倍以上。死者・行方不明者は約10万5千人で、我が国の自然災害史上最悪である」

そのうち、火災による死者は約9万2千人で圧倒的に多いが、それ以外の約1万3千人のうち、強い揺れで住宅が全潰したことによる死者数は約1万1千人とこれまた非常に多い。

http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/pdf/kouhou039_20-21.pdf

東京東エリアには規則正しい碁盤状の街区が広がっているが、これは震災復興で実現した区画整理である。

東京市長だった後藤新平は、震災のあった翌日に内務大臣に就任し、東京復興4方針を掲げた。①遷都を否定 ②復興費30億 ③欧米の最新の都市計画を適用する
④地主に不当利益を許さない。

③は前述の区画整理などもそのひとつである。

三度目は「第二次世界大戦」である。空襲によって街が消失し、戦後の復興から現在の街並みが出来上がっていった。

戦争が火事や震災と異なる点は、米軍施設が周辺地域にもたらした影響である。原宿のワシントンハイツ(現「代々木公園」)、六本木の米軍宿舎(現「東京ミッドタウン」)等でいまだ地域の個性を形成する源泉の一部になっていると思われる。

山手線のエリア分けとしての意味

区の史料を辿っていくと、山手線の外側は、概ね江戸時代は雑木林や原野で、街道沿いに生じる商業以外は点在する農家といった印象である。つまり江戸の内側、現在でいえば環状6号線(通称「山手通り」)を目安として、上記「3つの大きなリセット」の沿革を見てゆけば、史実と個性の合致を得やすい。

もう一つ大きな要素として「地勢(地形の意)」がある。現在の都市計画の基礎ともいえるもので、高低差はそのまま用途地域に連動している事例が多い。

最近では、立地といえば「最寄駅からの距離」とする向きもあるようだ。間違いではないが、十分ともいえない。まずは、利便性の軸に「時間軸」を加える。さらに地図を3Dにして距離(横軸)だけでなく「縦軸(標高)」を加える。そうすることで、より正確に立地の個性を理解することができるだろう。

1000字程度でまとめたエリア記事一覧

新しく公開された不動産メディア「TERASS」に20エリアの記事を寄稿した。

番町青山南麻布・元麻布六本木赤坂

神宮前西麻布・麻布十番他恵比寿代官山渋谷

松濤代々木・代々木上原四ツ谷・新宿虎ノ門・新橋五反田・御殿山

高輪・三田白金・白金台広尾中目黒・目黒芝・港南

まずは「ロケーション」(位置関係)を知る。「最寄り駅」はその中のひとつの要素に過ぎない。「隣接する街」の特徴、「自然」、「ランドマーク」(施設等)、「商業や利便施設」の集積・点在、そしてランドスケープ(風景、街並み、街区)。次に「地盤と都市計画」を知る。地形、標高、河川、地域地区(用途地域)、建築規制。最後に「沿革」を知る。地名由来、有形無形の継承、地域の個性、これからの展開。

以上、立地の見極めは「ロケーション」「地盤と都市計画」「沿革」の3つのキーワードで行うのが理想的である。

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