コロナで、何もかもがガラッと変わるわけではないだろう。しかし、変化に対する柔軟な対応は不可欠だ。不動産販売はリーマンショックやアベノミクスといった劇的な市況の変わり目や、インターネット等の技術革新への対処を積み重ねてきた結果、いまがある。
今回のコロナ禍を経て
・変わること≒変わらざるを得ないこと
・変わらないこと≒変えないほうがいいこと
を仕分ける作業が要るだろう。実験や検証を経て、その先に「営業の新常態(ニューノーマル)が確立」されると思われる。
この記事では、マーケットや事業環境の変化の視点からマンション販売の在り方を考察し、リーディングカンパニーの現状(先行事例)を紹介する。
顧客(需要)はどう変化したか?
この10年、マンション市場を取り巻く環境が大きく変化した点を2つ挙げよ、と問われたら、「アベノミクス」と「相続税改正」と答えるだろう。その理由を簡略に説明すると。
アベノミクスの効用は、第一の矢「異次元の金融緩和」で超低金利の経済環境が整ったこと。金利が下がってマイホームの当初予算が膨張し得たことから「一次取得向け住宅価格の値上がりに応えることが可能」になり、そして資産運用先を求める投資マネーが堅調な賃貸需要をアテに「都市部の住宅用不動産」に集まった。
低利でマーケットへの参入者が増えると、現金買いの富裕層はより希少性の高い物件を求める方向にむかった。そして相続税改正が、この流れに拍車をかける。
下のグラフは、相続税改正施行(2015年1月1日)を待たずして、公布(2013年3月30日)直後からマーケットが反応したことをあらわしている。それだけ基礎控除4割圧縮はインパクトが強かったということだ。
アベノミクスと相続税改正は、不動産市場に多大なる影響を与えたわけだが、こと「マンション市場の需要」に限定していえば、
従前:マイホーム
現在:マイホーム、節税、資産運用
になったわけだ。一方、戸建て需要がマイホームしかとらえられていないことは、下のグラフが示す通りである。そして、マイホーム需要と節税や資産運用の需要の決定的な違いは「エリアに縛られない」「その需要は繰り返す」確率が高いことだ。
JR目黒駅前にある大手デベ系仲介会社の所長は、その駅前再開発タワーマンションの買い増し契約に「全国を飛び回った」といった。地方の富裕層が都心の新築や築浅物件を複数戸所有する。逆に、東京圏の資産家が地方都市のマンションを所有する。こうした、住んでいる場所と購入検討する場所が離れているケースは、超低金利と相続税改正によって今後も増える(繰り返される)とみている。
そこに、コロナ禍で「オンラインコミュニケーション」が普及。慣れは商談の中身や回数に影響し、リレーションの強弱を生むと考えるのだが、いかがだろうか。
技術革新をサプライチェーンに活かしているか?
2020年は5G元年でもある。高速大容量、低遅延通信、多数同時接続といった特長をまだ体感しきれていないのだが、今後映像・動画はこれまで以上に、飛躍的に浸透していくと見ている。
すでにテレビを見なくなったといわれて久しいが、最近の若者はもっぱらスマホやPCでの動画視聴に時間を費やしているようだ。ユーチューバーなる職業も有名になったが、視聴者・視聴時間の獲得競争は、コンテンツの充実化をもたらす。
著名ユーチューバーは、ユーチューブ運営側の意思ひとつで収益率が変わることから、今後起こりえることとして、視聴者を獲得できるコンテンツ制作者は自ら配信サービスを選ぶ時代に入っていくといわれている。企業でいえば「トヨタイムズ」はユーチューブを活用しているが、トップのメッセージをグループ従業員に浸透させるツールとしては高質なコンテンツだ。ソリューションとして参考にする企業が必ず出てくるだろう。
では、この潮流に新築分譲販売は最適解を導き出せているのだろうか。
不動産開発・分譲事業をサプライチェーンの視点で見たときに、不況時にボトルネックになるのは在庫現場が増えることによる「営業マン不足」である。そして、商談において最も均一化、自動コンテンツ化が可能なのは物件説明であろう。
これは、上記「顧客の変化」にも関連し、「不動産を買い慣れた富裕層の関心」を把握している経験値の高い営業マンと遜色のない物件説明コンテンツを作ることができれば、相当な企業(ブランド)アピールになると推察する。
下のグラフが示す通り、「資産として有利な新築マンション」は品薄が続く。極端な言い方をすれば、「良いものが出ればすぐに教えてほしい、と常に情報を欲する富裕層は全国にいる」。タイムリーで効率的な情報提供を望んでいるはずだ。
彼らのなかは、キーボードのコントロールキーを押しながらグーグルアースの3D航空写真をマウスでグルグル回転させて眺望の価値を確認する。「現地内覧?いいよ。だいたいわかるから」良い物件を買うためには即決できる判断力を持ち合わせていなければならない。そうしないと手に入らないことを十分理解しているのだ。
オンライン接客の実際
2020年6月1日、住友不動産は全国の販売現場で物件見学から引き渡しまで非対面で完結する「リモートマンション販売」をスタートすると発表した。コミュニケーションツールは「ZOOM」を活用する。
同社は、2011年10月より個別モデルルームを廃止し、すべての物件を取り扱う「総合マンションギャラリー」を展開。現在、3大都市圏で計10館まで拡大している。
一方、「オンライン接客」を先駆けて導入しているのが三菱地所レジデンスである。
2020年5月29日、同社は同年3 月23 日から都心エリアでの新築マンション販売にて実施してきた「オンライン接客」を事業対象全エリア(首都圏、名古屋、関西、広島、九州、札幌、仙台)に拡大。本格稼働するとした。ちなみに対話ツールは「ベルフェイス」である。
試験的導入から得た「オンライン接客」実績は145件。その内訳をヒアリングした。3件以上の現場を多い順に並べたのが下の表だ。尚、HP公開直後の物件は多い傾向に。逆にエリアの差は見られず「比較的まんべんなく相談がきている」(関係者)特徴があるとすれば「年齢は30~40代が多いこと」(同)。
物件名 | 累計対応件数 |
ザ・パークハウス 三田ガーデン レジデンス&タワー | 37 |
ザ・パークハウス ステージ 稲毛海岸 | 16 |
ザ・パークハウス 市谷加賀町レジデンス | 8 |
ザ・パークハウス 目黒本町 | 5 |
物件A(物件名非公開) | 5 |
ザ・パークハウス 高輪タワー | 5 |
ザ・パークハウス オイコス 赤羽志茂 | 4 |
ザ・パークハウス 市ヶ谷 | 4 |
ザ・パークワンズ 山吹神楽坂 | 4 |
三鷹の杜ザ・ハウス | 4 |
ザ・パークハウス 三鷹レジデンス | 4 |
プライム港南台 | 4 |
ザ・パークハウス 高輪フォート | 4 |
ザ・パークハウス 川口本町 | 3 |
ザ・パークハウス 三田タワー | 3 |
ザ・パークハウス 国分寺四季の森 | 3 |
ザ・パークハウス オイコス 鎌倉大船 | 3 |
ザ・パークハウス ステージ 横濱洋光台 | 3 |
ザ・パークハウス あざみ野一丁目 | 3 |
ザ・レジデンス ひばりが丘 | 3 |
個人的には都心エリアが圧倒しているかと思ったが、「稲毛海岸」や(3件で並んでいる)郊外現場の多さが意外だった。これには以下の顧客の声が参考になる。
リリース資料より
・小さい子供がいるため、ギャラリーに行かずに手軽にご案内を受けることが出来る点が良かった。
・小さい子供がいるため外出自粛をせざるを得ない中でこのような取り組みが普及すると今後もマンション検討がしやすい。
・オンライン商談をやっていたから予約をしてみた。遠方のためこれまでは検討しにくかったが、これからはこのようなシステムを積極的に利用したい。
・妊娠中で移動が出来ないため、オンライン相談だと助かる。
・関西から東京に転勤が決まったが、5 歳の子供もいる中、コロナで関西から家探しに動けず困っていたところ、オンラインでくわしく一通りの話が聞け、とても良かった。
・アメリカ(LA)に住んでおり、コロナ禍において日本政府の水際対策もあって帰国する事が叶わなかったが、共用部や室内、眺望写真を交えて説明が受けられた上に質問も投げかけられたのでより具体的な検討へ進む事ができた。
・母親に説明する前に遠方からでも事前情報を得ることができて良かった。
▼資料や動画等が見やすいため、説明が分かりやすかった。
・非常に資料や動画が見やすいため、説明が分かりやすい。
・物件情報や間取り、日照・眺望なども非常に分かりやすい。オンラインでここまで知ることができるのは、コロナ禍においてとても助かる。
・資金計画の提案なども自宅で聞くことができるため、とても便利。
・対面での接客に近い形で、画面上に図面や資金計画を掲載しながら案内を受けられて理解が深まった。
・VR モデルルームを見て間取りや広さのイメージができたのはよかった。
「二馬力」なる言葉が使われるが、共働き世帯で共にローンを組む世帯も増加した。夫婦おのおのが「自分の資産」として検討するために「オンライン接客」が有効であることが明確だ。
前述の資産形成ニーズでは、ワンルームマンションシリーズ「パークワンズ」では契約手続き直前までオンライン接客で商談が進んだケースもあるようだ。このあたりは推進していくだろう。
同社では、オンラインを活用した営業手法の参考として、強くバンコクを意識しているという。理由として「バンコクのマンション市場ではオンラインチャットを使った案内やオンラインで登録申込をする仕組みを、日本より早く積極的に展開しているから」。
オンライン接客を先行導入した2社の2019年供給戸数実績はマーケットシェアにして全国は12.8%。首都圏は20.5%を占める。
野村不動産は、今回の取材に対し「非対面接客の必要性を感じており、6月6日よりプラウドの一部物件にて導入予定。トライアルを経て他物件への展開を検討する」としている。
三井不動産レジデンシャルは、「アフターコロナの環境下で商品によっては必要になる部分があると考えるが、一概に非対面のまま契約締結ということにはならず、どこかのタイミングでは対面での接客が必要になるのでは。一方、商品(例えば、投資型コンパクトマンションなど)によっては、WEBを中心とした非対面となる可能性もある」とし、トライアルを実施した後、今後の方針を固めるようだ。
東急不動産は「オンライン接客などはまだ導入していない。今はコロナの感染防止のため、モデルルームの来場人数の制限などの対策をしているところ」だという。
尚、野村アーバンネット(新築マンション販売代理受託物件)や東急リバブルなど大手仲介会社ではすでに「オンライン接客導入済」のケースもあるようだ。
ちなみに、導入済に加えトライアル予定の2社を含む4社が全現場でオンライン接客を実施した場合、市場シェアは2019年供給戸数実績で
・全国:21.7%
・首都圏:36.1%
となる。
個人的には、非対面営業の推進は、離れた場所にいる潜在顧客の開拓にもつながるのではないかとみている。
参考サイト:マンション価格が下がらない「業界の事情」
文中に掲載した「不動産価格指数」と「共働き世帯」の3つのグラフは、国土交通省と厚生労働省のデータを元に株式会社PRエージェンシーが加工した。