曲線が誘う未知の領域
衣や食と違い、住は実体験のバリエーションが多くない。だから、わずかな経験で築かれた固定観念にしばられないことが大切だ。私事で恐縮だが、ひとつの例をご紹介しよう。
自宅の内装を決めるとき、インテリアデザイナーが凹凸の利いた壁紙を提案。模様が強い?と聞くが心配ないという。最初の発見は夜。天井に向けた間接照明がほのかな陰影を浮かび上がらせた。ダウンライトでは枠が邪魔して同じにならない。陽の入りも違う。部屋の奥まで伸びる時季だけ壁にうっすら柄が出る。季節の移り変わりを無意識に思う。つまりそれは照明や向きを加味しつつ、表情豊かな空間を演出するための選択だったわけだ。
さて、既成概念を振り払ってご覧いただこう。マンション名は「Case」。すべての住戸タイプがアール(曲線)で構成された住空間である。さらに、上の間取りCタイプは2つの空間が驚くことに屋外で隔てられている。
かなりの確率でいえることは、「光の妙」である。専用庭で繰り広げられる風景はまるで生き物のごとく変化するのではないだろうか。ここでの日差しは「差し込む」といった表現よりも、それはおそらく「包み込む」または「回り込む」といった言い回しが実際のシーンに近いかもしれない。「気」の流れも独特なのか。空気や視線、あるいは音の跳ね返りは整形の箱よりもはるかに柔らかく、受け流すような気配をみせると想像する。
通常、物件の内覧は長くてもせいぜい半時間程度。その趣の一端でも感じ取るにはあまりに短すぎたのだろうなあ、と帰宅後撮影した写真を眺めながら思い知った次第である。
吹き抜けの妙。まるで上階は空中散歩のように
実面積以上に広がりをもたらしていたのが、ダイニングの吹き抜け。上から差す光は下階の開放感を高め、足元に展開される上階からの景色は非日常を演出するものであった。空間には設計者がもたらしたいくつかの個性が存在するが、これほど印象に残ったアイデアも珍しい。
千代田区永田町。東京メトロ銀座線・丸の内線「赤坂見附」駅徒歩1分。地上38階建て。中・下層部は事務所。26階より上層が住居フロア。駅上部にありながら、周囲に同程度の超高層ビルディングが少なく、眺望上有利な条件を備えている。総戸数125戸。管理:森ビル、設計・施工:大成建設。2002年竣工。
著書「住み替え、リフォームの参考にしたいマンションの間取り(『都心に住む by SUUMO』 連載企画 【間取りに恋して】再編)」より転載